長田弘と細井平洲

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ふと、長田弘の語り口は、細井平洲と似ているのかなと思った。
ひとりに、面と向かって静かに話しかけている。まるで自分に話しかけてもらっているかのように。
そのひとりの背後に大勢の人がいる。

話しかけるというのはそういうことなんだろう。そうあらねばならないと常々思っていながら
つい早口で、声を大きくしてはなしてしまう。
名古屋の近郊にある平洲記念館の静かな佇まいを思い出している。
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 人だかりの中に、人品いやしくない男が立っていて、何事か講演していた。男の齢は三十前後、骨組みのしっかりした身体つきで、地面を踏みしめた足は微動もしない。
 しばらく耳を傾けているうちに、松伯は軽いおどろきを感じた。男の講じていることが経書の、それも礼記の一節ではないかと思われることにまずおどろき、つぎその講演をあきらかに市井の女房と思われる女たちがまじる聴衆が、粛然と聞いていることに、またおどろいたのである。
 むつかしい書物のことを話しているのに、男は誰にでもわかる平明な言葉を用い、その上ごく身近なところから豊富にたとえをひっぱてきて講義するので、聴衆がひきつけられているのだと思われた。
 男は噛んでふくめるように、ゆっくりと話していた。押しつけがましく大声でまくしたてることもなく、能弁だが、平板という退屈なしゃべり方でもなく、男は時にふと言葉を切って沈黙したり、語尾がひとりごとのような形で消えるにまかせることさえある。だが講演はふたたび快い音声を取りもどして耳にせまってくる。松伯はいつの間にか話にひきこまれて、立ち去りがたい気持ちになっていた。   藤沢周平『漆の実のみのる国』

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Commented by ゲキト at 2016-12-24 22:19 x
折金さんの話し方も、そのような話し方に通じますね。
男女を問わぬ熱心な聴講者がいるのを目の当たりにしま
した。
自然に聞き入ってるという図になっていましたよ。
Commented by hontokami at 2016-12-25 04:15
細井平洲には遠く及びません。
気がつくと、充分に自分のモノになっていないことを
早口で、大声で喋っているのです。  折金
by hontokami | 2016-12-24 19:45 | Comments(2)

思い出すことといったら些細な事ばかり