『私の百人一首』3 大山捨松と今かへり來む

明治5年にアメリカに渡った女子留学生のひとり、山川咲子(12)は捨てたつもりで待つという親の祈りを込めて捨松と改名してアメリカに渡った。明治15年、11年ぶりに帰国した山川捨松は中納言行平の「立ち別れいなばの山の峰に生ふるまつとしきかば今かへり來む」を思い浮かべていたに違いない。

これはうまくマッチングしたなと思っています。こんな組み合わせがねらいなのです。

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by hontokami | 2017-08-22 08:22 | Comments(0)

思い出すことといったら些細な事ばかり