巡り来る四季は過去の出来事を思い出すためにあった。
そして今年の春、またあたらしい出来事の予感。

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円明寺の杉が焦げたように赭黒くなった。天気の好い日には、風に洗われた空の端ずれに、白い筋の嶮しく見える山が出た。年は宗助夫婦を駆って日ごとに寒い方へ吹き寄せた。朝になると欠かさず通る納豆売の声が、瓦を鎖す霜の色を連想せしめた。宗助は床の中でその声を聞きながら、また冬が来たと思い出した。御米は台所で、今年も去年のように水道の栓が氷ってくれなければ助かるがと、暮から春へ掛けての取越苦労をした。夜になると夫婦とも炬燵にばかり親しんだ。そうして広島や福岡の暖かい冬を羨やんだ。

立秋
とかくするうちに節は立秋に入った。二百十日の前には、風が吹いて、雨が降った。空には薄墨の煮染んだような雲がしきりに動いた。寒暖計が二三日下がり切りに下がった。宗助はまた行李を麻縄で絡げて、京都へ向う支度をしなければならなくなった。

そのうちまた秋が来た。去年と同じ事情の下に、京都の秋を繰り返す興味に乏しかった宗助は、安井と御米に誘われて茸狩に行った時、朗らかな空気のうちにまた新らしい香を見出した。紅葉も三人で観た。嵯峨から山を抜けて高雄へ歩く途中で、御米は着物の裾を捲くって、長襦袢だけを足袋の上まで牽いて、細い傘を杖にした。山の上から一町も下に見える流れに日が射して、水の底が明らかに遠くから透《す》かされた時、御米は「京都は好い所ね」と云って二人を顧みた。

梅がちらほらと眼に入るようになった。早いのはすでに色を失なって散りかけた。雨は煙るように降り始めた。それが霽れて、日に蒸されるとき、地面からも、屋根からも、春の記憶を新にすべき湿気がむらむらと立ち上った。背戸に干した雨傘に、小犬がじゃれかかって、蛇の目の色がきらきらする所に陽炎が燃えるごとく長閑に思われる日もあった。
                                                  漱石『門』     
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by hontokami | 2017-04-18 16:22 | | Comments(0)

夫婦

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「少し脳が悪いから、一週間ほど役所を休んで遊んで来るよ」と云った。御米はこの頃の夫の様子のどこかに異状があるらしく思われるので、内心では始終心配していた矢先だから、平生煮え切らない宗助の果断を喜んだ。けれどもその突然なのにも全く驚ろいた。
「遊びに行くって、どこへいらっしゃるの」と眼を丸くしないばかりに聞いた。
「やっぱり鎌倉辺が好かろうと思っている」と宗助は落ちついて答えた。地味な宗助とハイカラな鎌倉とはほとんど縁の遠いものであった。突然二つのものを結びつけるのは滑稽であった。御米も微笑を禁じ得なかった。
「まあ御金持ね。私もいっしょに連れてってちょうだい」と云った。宗助は愛すべき細君のこの冗談を味わう余裕を有たなかった。真面目な顔をして、
「そんな贅沢な所へ行くんじゃないよ。禅寺へ留めて貰って、一週間か十日、ただ静かに頭を休めて見るだけの事さ。それもはたして好くなるか、ならないか分らないが、空気のいい所へ行くと、頭には大変違うと皆《みんな》云うから」と弁解した。
「そりゃ違いますわ。だから行っていらっしゃいとも。今のは本当の冗談よ」
 御米は善良な夫に調戯ったのを、多少済まないように感じた。
                                                         『門』十八
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お互いを頼りにしながら世間から隠れてひっそりと生きていこうという日常を過ごしている二人、そんな二人の住まいの近く大家の家に、6年前お米と一緒に暮らしていた学生時代の友人安井がやってくるということを聞いて、宗助は冷静さを失ってしまう。自分の心の問題だとして寺で座禅を組むことにした。安井がやってくるということをお米に言うことが出来なかった。それは妻に余分な心配をかけたくないという宗助の優しさなんだろう。
もし、安井が近くにやってくるという事実から逃げないでお米に相談していたとしたなら。
「どっかに引っ越そうか」
「ちゃんと会って許してもらおうよ」
「なりゆきにまかせよう」
となる。
そうか…、話しあったところで根本的な解決にはならないのか。
仲のいい夫婦ほど、解決にならない問題についてはお互いに触れないで、時間が自然に解決してくれるのを待つのかもしれない。

となると、このお米さん、とてもいいなあと思う。
「わたしも一緒に行きたい」と言う。
遊びに行くわけじゃないからとやんわりと断わられる。
「冗談よ。いってらっしゃい」と気持ちよく送り出してやる。
こういう優しさもいいなあと思う。
お互いを気遣う二人の優しさが交錯する。


by hontokami | 2017-04-18 05:15 | | Comments(2)

信仰

このことについて考えている。
それぞれに屈託を抱えている宗助とお米が、正月を迎えるための支度にいそいそと立ち働く。神を迎える準備をする。
ほとんど無意識の習俗と化している年中行事の神髄は「月日と云う緩和剤の力」なんだろうか。
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「御米、御前信仰の心が起った事があるかい」と或時宗助が御米に聞いた。御米は、ただ、
「あるわ」と答えただけで、すぐ「あなたは」と聞き返した。
 宗助は薄笑いをしたぎり、何とも答えなかった。その代り推して、御米の信仰について、詳しい質問も掛けなかった。御米には、それが仕合せかも知れなかった。彼女はその方面に、これというほど判然した凝り整った何物も有っていなかったからである二人はとかくして会堂の腰掛にも倚らず、寺院の門も潜らずに過ぎた。そうしてただ自然の恵から来る月日と云う緩和剤の力だけで、ようやく落ちついた。時々遠くから不意に現れる訴も、苦しみとか恐れとかいう残酷の名を付けるには、あまり微かに、あまり薄く、あまりに肉体と慾得を離れ過ぎるようになった。必竟ずるに、彼らの信仰は、神を得なかったため、に逢わなかったため、互を目標として働らいた。互に抱き合って、丸い円を描き始めた。彼らの生活は淋しいなりに落ちついて来た。その淋しい落ちつきのうちに、一種の甘い悲哀を味わった。文芸にも哲学にも縁のない彼らは、この味を舐め尽しながら、自分で自分の状態を得意がって自覚するほどの知識を有たなかったから、同じ境遇にある詩人や文人などよりも、一層純粋であった。
                                                    漱石『門』十七
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by hontokami | 2017-04-17 04:46 | | Comments(2)

お米という女性

『門』の魅力のひとつはお米さんという存在。
吉本隆明さんは漱石の作品の中で『門』が一番好きだと言っている。
「お米さんという奥方は、漱石がある意味で理想的な女性の類型として描いているのですけど、
実にいいなあと思わせる雰囲気をもっています。」(『夏目漱石を読む』)

御米(お米)さんをどのように描いているか。
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・影のような静かな女
・若い女にありがちな矯羞というものを、初対面の宗助に向って、あまり多く表さなかった。
・ただ普通の人間を静にして言葉寡なに切り詰めただけに見えた。
・人の前へ出ても、隣の室に忍んでいる時と、あまり区別のない程落付いた女。
・御米のひっそりしていたのは、穴勝恥かしがって、人の前へ出るのを避けるためばかりでもなかった。
・(安井が元気になったのをみて)御米も嬉しそうに眼を輝かした。宗助にはその活発な目遣いが殊に珍しく受取れた。
・今まで宗助の心に映じた御米は、色と音の撩乱する裏に立ってさえ、極めて落ち付いていた。
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そして、この御米さんの落ち着きと静けさは、やたらと動かさない眼の働きから来ていた。



by hontokami | 2017-04-16 08:26 | | Comments(5)

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宗助はもっと遊んで行きたいと云った。御米はもっと遊んで行きましょうと云った。安井は宗助が遊びに来たから好い天気になったんだろうと云った。三人はまた行李と鞄を携えて京都へ帰った。冬は何事もなく北風を寒い国へ吹きやった。山の上を明らかにした斑な雪がしだいに落ちて、後から青い色が一度に芽を吹いた。

 事は冬の下から春が頭を擡げる時分に始まって、散り尽した桜の花が若葉に色を易える頃に終った。すべてが生死の戦であった。青竹を炙って油を絞るほどの苦しみであった。大風は突然不用意の二人を吹き倒したのである。二人が起き上がった時はどこもかしこもすでに砂だらけであったのである。彼らは砂だらけになった自分達を認めた。けれどもいつ吹き倒されたかを知らなかった。

 世間は容赦なく彼らに徳義上の罪を背負した。しかし彼ら自身は徳義上の良心に責められる前に、いったん茫然として、彼らの頭が確であるかを疑った。彼らは彼らの眼に、不徳義な男女として恥ずべく映る前に、すでに不合理な男女として、不可思議に映ったのである。そこに言訳らしい言訳が何にもなかった。だからそこに云うに忍びない苦痛があった。彼らは残酷な運命が気紛に罪もない二人の不意を打って、面白半分穽の中に突き落したのを無念に思った。

 曝露の日がまともに彼らの眉間を射たとき、彼らはすでに徳義的に痙攣の苦痛を乗り切っていた。彼らは蒼白い額を素直に前に出して、そこにほのおに似た烙印を受けた。そうして無形の鎖で繋がれたまま、手を携えてどこまでも、いっしょに歩調を共にしなければならない事を見出した。彼らは親を棄てた。親類を棄てた。友達を棄てた。大きく云えば一般の社会を棄てた。もしくはそれらから棄てられた。学校からは無論棄てられた。ただ表向だけはこちらから退学した事になって、形式の上に人間らしい迹を留めた。

 これが宗助と御米の過去であった。
                                                       漱石『門』
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京大生野中宗助は、転地療養している友人安井を神戸に訪ねる。お米と二人で住んでいた。冬の終わり頃、三人は一緒に京都に帰った。
桜が散り始めるころ、お米は安井のもとを去り宗助と一緒になった。それは突然の春の大風のようなものであった。

その日、しのこしたことなどは、そのままに。例のできごとは、ことばの内側に影を落とすものの、夜になれば、眠るのだ。……
「門」はひたすら日常という自然のなかを漂う」(荒川洋治『過去をもつ人』)

この日常には、希望もないが絶望もない。激しいものは何もない。彼らには過去がある。時間がそれを癒やすこともないが、
かといってそれは劇的におそいかかってくるわけでもない。結局なしくずしのまま老いていく。
                                      (柄谷行人『新潮文庫版 門の解説』)

by hontokami | 2017-04-13 05:27 | | Comments(6)

山門

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彼は門を通る人ではなかった。又門を通らないで済む人でもなかった。
要するに、彼は門の下に立ち竦んで、日の暮れるのを待つべき不幸な人であった。
「東京はまだ寒いでしょう」と老師が云った。
「少しでも手がかりが出来てからだと、帰ったあとも樂だけれども。惜しいことで」
宗助は老師のこの挨拶に対して、丁寧に礼を述べて、又十日前に潜った山門を出た。
甍を圧する杉の色が、冬を封じて黒く彼の後に聳えた。
                                    漱石『門』
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c0193528_08271533.jpg  目の前に自らの力で解決しなければない問題を抱えていたとき、
  そこから逃げないで、やるだけやってみる、とは言うけれど、
  「まあ、明日にしよう、今度の日曜日に話し合ってみるか」となる。
  問題を解決しないままに先送りして、出来ることなら寝ているうちに
  通り過ぎていってほしい。目が覚めたら、取り越し苦労だったとなってほしい。
  
  宗助は、一緒に駆け落ちした妻のもとの夫が近くにやってくることを聞いたとき、
  どうしていいかわからずただ怯える。
  そして現実から逃げるようにして円覚寺の山門をくぐり、
  精神の平穏を得ようと思うが当然のことだが失敗する。
  「道は近くにあり。却ってこれを遠きに求む」と諭される。
  
  もとの夫は近くに来たけれど、すぐに満州に行ってしまった。
  「小康はかくして事を好まない夫婦の上に落ちた」
  でもその小康は自らが動いて得たものではない。
  頭を下げて怯えているうちに都合良く通り過ぎていってくれただけなのだ。
  ただ当面をやりすごしただけで、またいつ形を変えて再燃するかわからない。

  先送り、成り行きまかせ、なるようにしかならないさ、屈託
  
  









  

by hontokami | 2017-04-12 08:25 | | Comments(2)

繭ごもり

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夫婦は世の中の日の目を見ないものが、寒さに堪えかねて、抱き合って暖を取るような具合に、御互同志を頼りとして暮らしていた。
苦しい時には、御米がいつでも、宗助に、
「でも仕方がないわ」と云った。宗助は御米に、
「まあ我慢するさ」と云った。
 二人の間には諦めとか、忍耐とか云うものが断えず動いていたが、未来とか希望と云うものの影はほとんど射さないように見えた。
彼らは余り多く過去を語らなかった。時としては申し合わせたように、それを回避する風さえあった。御米が時として、
「そのうちにはまたきっと好い事があってよ。そうそう悪い事ばかり続くものじゃないから」と夫を慰さめるように云う事があった。
すると、宗助にはそれが、真心ある妻の口を藉りて、自分を翻弄する運命の毒舌のごとくに感ぜられた。
宗助はそう云う場合には何にも答えずにただ苦笑するだけであった。御米がそれでも気がつかずに、なにか云い続けると、
「我々は、そんな好い事を予期する権利のない人間じゃないか」と思い切って投げ出してしまう。
細君はようやく気がついて口を噤んでしまう。
そうして二人が黙って向き合っていると、いつの間にか、自分達は自分達の拵えた、過去という暗い大きな窖の中に落ちている。
 彼らは自業自得で、彼らの未来を塗抹した。だから歩いている先の方には、花やかな色彩を認める事ができないものと諦らめて、
ただ二人手を携えて行く気になった。
                                                       「門」4の5
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似たような体験をいくつか経てきて、
どのようなかたちであれ、夫婦というのは「繭ごもり」に似ていると思うようになった。
基本的にはかわらないけど、表面的には、世間的にはいろいろな形をとっているのだろう。
そして「ただ二人手を携えて行く気になる」けど、一心同体は無理なことなので、2人の間にちいさな壁も生まれてくる。
これも「門」の2人から伺うことが出来る。












by hontokami | 2017-02-19 22:59 | | Comments(0)

鶯の初啼き

先日、三ヶ日の羽生邸を訪ねたとき、鶯の初啼きを聴いた。
そして、『門』の最後、春の縁側を思った。
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 小康はかくして事を好まない夫婦の上に落ちた。ある日曜の午宗助は久しぶりに、四日目の垢を流すため横町の洗場に行ったら、
五十ばかりの頭を剃った男と、三十代の商人らしい男が、ようやく春らしくなったと云って、時候の挨拶を取り換わしていた。
若い方が、今朝始めて鶯の鳴声を聞いたと話すと、坊さんの方が、私は二三日前にも一度聞いた事があると答えていた。
「まだ鳴きはじめだから下手だね」
「ええ、まだ充分に舌が回りません」
 宗助は家へ帰って御米にこの鶯の問答を繰り返して聞かせた。
御米は障子の硝子に映る麗かな日影をすかして見て、
「本当にありがたいわね。ようやくの事春になって」と云って、晴れ晴れしい眉を張った。
宗助は縁に出て長く延びた爪を剪りながら、
「うん、しかしまたじき冬になるよ」と答えて、下を向いたまま鋏を動かしていた。
                                                         「門」23
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いつ読んでも、ここはいいなあと思う。
この夫婦にはいつまでもこんな日溜まりが続いてほしいと願う。
宗助さんよ、また冬がくるかもしれないが、いまはようやく春を迎えたのだから、
この時間を楽しもうよと願う。






















by hontokami | 2017-02-19 19:33 | | Comments(4)

私たちは、トランプ大統領のことや、金正男暗殺事件のことなど、食事をしながら話題にする。
すごいな~。どんだけお金があるんだろうか とか 常にどこかにいる暗殺者の影におびえて生活するのは嫌だな~とか。
じぶんには関係のない遠くの事件だという安心感のなかでそんな会話をする。ご近所のことなどもそのようだ。
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人は、人をどう見るのか。
近所の本多という老夫婦のことは、よく知らない。声を聞くだけ。夫は植木をいじっているらしい。家主の坂井は、けちで、よその子はブランコに乗せないなど、
宗助夫婦は、彼について、知ることを話す。
人はこのことぐらいしか他のひとのことを知らない。多くの場合そのままである。
本多さんは植木鉢のままだ。だから、ある日見たこと知ったことがすべてということになる。
それでいいのだろうか。それでいいのだろう。日常より強いものは、まだ見つかっていないように思う。
                                                 荒川洋治『過去をもつ人』より
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漱石は明治42年9月22日にハルビン駅の停車場に立った。
そのⅠヶ月後伊藤博文がおなじ停車場で暗殺された。
明治43年3月から連載された「門」でその暗殺事件が3人の食卓の話題になっている。
宗助にとってはそんなことより、さっき買ってきた護謨風船のほうに興味があるのだ。


明治42年
9月~10月にかけて、漱石は中村是公の招きで満州・韓国を見聞した。(10月⒕日に帰る)
9月22日ハルビン停車場に降りた。
10月26日午前9時30分、伊藤博文、ハルビン駅頭で安重根に狙撃される。
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 兄弟は寛いで膳についた。御米も遠慮なく食卓の一隅を領した。宗助も小六も猪口を二三杯ずつ干した。
飯にかかる前に、宗助は笑いながら、
「うん、面白いものが有ったっけ」と云いながら、袂から買って来た護謨風船の達磨を出して、大きく膨らませて見せた。そうして、それを椀の葢の上へ載せて、その特色を説明して聞かせた。御米も小六も面白がって、ふわふわした玉を見ていた。しまいに小六が、ふうっと吹いたら達磨は膳の上から畳の上へ落ちた。それでも、まだ覆えらなかった。
「それ御覧」と宗助が云った。
 御米は女だけに声を出して笑ったが、御櫃の葢を開けて、夫の飯を盛いながら、
「兄さんも随分呑気ね」と小六の方を向いて、半ば夫を弁護するように云った。宗助は細君から茶碗を受取って、
一言の弁解もなく食事を始めた。
小六も正式に箸を取り上げた。
 達磨はそれぎり話題に上のぼらなかったが、これが緒になって、三人は飯の済むまで無邪気に長閑な話をつづけた。
しまいに小六が気を換えて、
「時に伊藤さんもとんだ事になりましたね」と云い出した。宗助は五六日前伊藤公暗殺の号外を見たとき、御米の働いている台所へ出て来て、「おい大変だ、伊藤さんが殺された」と云って、手に持った号外を御米のエプロンの上に乗せたなり書斎へ這入ったが、その語気からいうと、むしろ落ちついたものであった。
「あなた大変だって云う癖に、ちっとも大変らしい声じゃなくってよ」と御米が後から冗談半分にわざわざ注意したくらいである。その後日ごとの新聞に伊藤公の事が五六段ずつ出ない事はないが、宗助はそれに目を通しているんだか、いないんだか分らないほど、暗殺事件については平気に見えた。夜帰って来て、御米が飯の御給仕をするときなどに、「今日も伊藤さんの事が何か出ていて」と聞く事があるが、その時には「うんだいぶ出ている」と答えるぐらいだから、夫の隠袋の中に畳んである今朝の読殻を、後から出して読んで見ないと、その日の記事は分らなかった。御米もつまりは夫が帰宅後の会話の材料として、伊藤公を引合に出すぐらいのところだから、宗助が進まない方向へは、たって話を引張りたくはなかった。それでこの二人の間には、号外発行の当日以後、今夜小六がそれを云い出したまでは、公には天下を動かしつつある問題も、格別の興味をもって迎えられていなかったのである。
「どうして、まあ殺されたんでしょう」と御米は号外を見たとき、宗助に聞いたと同じ事をまた小六に向って聞いた。
「短銃をポンポン連発したのが命中したんです」と小六は正直に答えた。
「だけどさ。どうして、まあ殺されたんでしょう」
 小六は要領を得ないような顔をしている。宗助は落ちついた調子で、
「やっぱり運命だなあ」と云って、茶碗の茶を旨そうに飲んだ。御米はこれでも納得ができなかったと見えて、
「どうしてまた満洲などへ行ったんでしょう」と聞いた。
「本当にな」と宗助は腹が張って充分物足りた様子であった。
「何でも露西亜に秘密な用があったんだそうです」と小六が真面目な顔をして云った。御米は、
「そう。でも厭ねえ。殺されちゃ」と云った。
「おれみたような腰弁は、殺されちゃ厭だが、伊藤さんみたような人は、哈爾賓へ行って殺される方がいいんだよ」と宗助が始めて調子づいた口を利きいた。
「あら、なぜ」
「なぜって伊藤さんは殺されたから、歴史的に偉い人になれるのさ。ただ死んで御覧、こうはいかないよ」
「なるほどそんなものかも知れないな」と小六は少し感服したようだったが、やがて、
「とにかく満洲だの、哈爾賓だのって物騒な所ですね。僕は何だか危険なような心持がしてならない」と云った。
「そりゃ、色んな人が落ち合ってるからね」
 この時御米は妙な顔をして、こう答えた夫の顔を見た。宗助もそれに気がついたらしく、
「さあ、もう御膳を下げたら好かろう」と細君を促がして、先刻の達磨をまた畳の上から取って、人指指の先へ載せながら、
「どうも妙だよ。よくこう調子好くできるものだと思ってね」と云っていた。

                                                               「門」3の2
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by hontokami | 2017-02-19 09:11 | | Comments(0)

思い出すことといったら些細な事ばかり