周平春秋9 えらい人

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えらい人
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私は性格にカタムチョなところがあり、また作家という商売柄、人間の美しさを追い求める反面、汚なさも見落とすまいとするので、
世間でえらいという人をも簡単には信用しない。時どきえらいな、と思う人に出合うことがある。
その人は、冷害の田んぼにたちつくす老いた農民だったり、子供のときから桶づくりひと筋に生きて来た老職人だったりする。
出合う場所は、テレビの場合もあり、新聞の記事の場合もある。
彼らは、格別自分や自分の仕事を誇ることもなく、選んだ仕事を大事にして、黙々と生きてきただけである。
だが、それだからといって、そういう生き方が決して容易であったわけでなく、六十年、七十年と生きる間には、山もあり、谷もあったはずである。
しかし彼らはその生き方を貫き、貫いたことで何かを得たのだ、と私は皺深い農民の顔を写した写真を、つくづくと眺めるのである。
 彼らはじつにいい顔をしているのだ。高名な踊りのお師匠さんとか、政治家などにありがちな構えがひとつもなく、
彼らはありのままの顔をさらしている。彼らは誇るべきほどのものを持たない。
それなのに、ありのままの顔がすばらしいのは、彼らの顔の背後に、ずしりと重い人生が重なって見えるからだろう。
 人生を肯定的に受け入れ、それと向き合って時に妥協し、時に真向から対決しながら、その厳しさをしのいで来たから、
こういういい顔が出来上がったのである。えらいということはこういうことで、
そういう人間こそ、人に尊敬される立場にあるのではないかと、私は思ったりする。
実際人が生きる上で肝要なのは、そういうことなのである。
                『周平独言

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僕の母方の祖父は、生涯、2回をのぞいて、信州の片田舎の村から外へ出たことがなかった。飯田の町にも行ったことがなかった。
1回は日露戦争に従軍して朝鮮半島に渡ったとき。森鷗外のように馬に乗った軍服姿の記念写真をみたことがある。
2回目は、秋葉講で秋葉神社に歩いて峠を越えて行ったとき。その足で浜松まで行き、自笑亭の弁当を喰った。

いまでも鮮明に覚えていることがある。僕がまだ、小学校のころだったか。夏台風が一晩中荒れ狂ったことがあった。
風雨が収まった翌朝、祖父は僕を連れて小高い丘まで田んぼの様子を見に行った。
一面に横倒しになった稲、その上を決壊された水路から濁流が流れ込んでいる。
祖父はその場にしゃがみ込んだ。濁流の怖さに震えていた僕を祖父が抱き寄せてくれた。
祖父の体が小刻みに動いていた。泣いていたのだ。
しばらくして立ち上がると、足もとの土塊をつかんで「ちくしょう!」と叫んで濁流に投げつけてた。
仁王のように立ち尽くしている祖父の姿がいまだに脳裏に焼きついてる。



# by hontokami | 2018-01-18 06:36 | 藤沢周平 | Comments(2)

今日は初めての第2分校です。
我が家にお友達の河野さんが来てくれて、リンクステッチで綴葉装風のノートを作りました。
河野さんは、和紙の手触りが気に入ったとのことなので、手触りがしんなりした和紙を用意して、その中から選んでもらいました。
パピヨンかがりだと針の本数が増えるので、まずはリンクステッチでやってみました。
それでも背表紙で糸が見えるので、糸はチャームポイントとなるようにアクセントカラーで。
黄色の和紙が可愛かったので、私も1冊作りました。河野さんが栞も作ってくれて、できあがりも上々
楽しい時間を過ごしました。次回は今日のおさらいです。


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# by hontokami | 2018-01-17 21:28 | 瀬下洋子 | Comments(3)

周平春秋8 パチンコ

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パチンコ
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私は人と会って酒を飲んだり、碁会所に行ったり、パチンコをしに行ったりする。だがしょっちゅう酒を飲んでいては仕事にならないし、
碁会所も半日がかりで、時間を喰う。そういうわけで時どきパチンコ屋に行く。
 私が出かける支度をしていると、家内が「ご出勤ですか」などという。出かける時刻が大体決まっていて、その上背広に着がえて、
財布、ハンカチ、タバコ、手帳、万年筆と小物を全部納め、腕時計をはめて靴まで履いていくので、そう言うのである。
 だがそうやって、昼日中から人相けわしいにいさんたちの間にはさまり、玉をはじいていると、いかにも遊民といった感じで、肩身が狭い思いをする。
俳人一茶が「又ことし娑婆塞ぞよ草の家」という句に「遊民々々とかしこき人に叱れても、今更せんすべなく」と詞書をつけたが、
私もせんすべもなく、パチンコ玉をはじくわけである。この格好ひとつとっても、人に尊敬される立場にある人間でないことは明白である。
勤め人から物を書く商売に変わって、私は少し堕落したという感じを持っているが、この感覚は多分正しいのだ。
                                                   『周平独言』
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一緒に退職した友人が、これからはなにか共通の趣味をもたなくてはいけないというので、では「パチンコにしよう」と提案した。
しばらく続けたけど、手に持った玉をいれて、手加減で操作するというような悠長な台ではなくて、コンピューターゲームのように
せわしない。疲れる。スピードについていけない。半年ほどで退却した。
友人はいまだに続けている。いちどパチンコ屋で「あっ!校長先生!」と教え子に大きな声呼びかけられて、
周囲のみんなにふり向かれたときはさすがに恥ずかしかったという。おかげでたいぶ顔見知りが増えて、一緒に昼食をとることもあるという。
今年の年賀状では「なにか趣味を見つけましたか?おかげさまでパチンコ友がたくさん出来ました」と添え書きがしてあった。
僕はパチンコを続けられなかった脱落者の気分になっている。


# by hontokami | 2018-01-17 21:13 | 藤沢周平 | Comments(2)

思い出すことといったら些細な事ばかり