橋本治

ぼくは橋本治さんからたくさんのことを学んだ。
もっと教えてほしかった。
今日の徒労に帰した疲れ。橋本さんのこの本をひっぱりだして救われている。
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「埴輪の表情がやさしいのは、その素材と一体になれたしまった作り手たちが、
それだけで十分にやさしかったからだろうと。
彼らは十分に現実を愛していて、現実を超えたものを求める必要がなかった。
私には、埴輪の時代の見せるやさしさが、超越的な神を必要としない世俗の世界の
やすらぎの結果だとしか思えない。
                          橋本治『ひらがな日本美術史』
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# by hontokami | 2019-02-15 20:50 | Comments(0)

無著世親像

興福寺の無著世親像は菩薩像である。
でもね、菩薩像じゃなくて、人間としてとらえたのは橋本治さんだ。
ぼくはこの文章を読んで、興福寺北円堂に行った。
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歩いても歩いても、まだ立ち去ることの出来ない遠くの目標を見て、
兄の無著の顔には諦めの色がある。諦めていても、しかし嘆きはしないーー
この像の目に嵌め込まれた玉眼の輝きが、”諦め”なるものを拒絶しようとする
人間の意志の強さ、潔さ、あるいはせつなさを、十分に語っている。

「オレはもう、とうの昔にダメだと分かっている。でも、それであっても、
オレはまだまだこの先へ進まなければならない」というような意志の悲しさが、
この目の中の輝きにはある。

 兄にはもう分かっている。しかしその絶望を隠して、兄はまだまだその先へ
足を進めようとする。兄がそうするのは、彼の後に弟がついて来るからだ。

 弟は、まだ諦めていない。弟はまだ信じている。だからこそ、弟の方が
若く、力強い、しかしその弟の目も不思議な潤み方をしている。
「自分は絶望などしていない、しかし自分の前を行く兄の姿には、疲労と絶望がある」
そのことを知って、弟の目にやるせない悲しみの光が宿っている。
弟世親の像の目に嵌め込まれた玉眼も、そんな不思議な輝き方をしている。
                                       橋本治『ひらがな日本美術史
                
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# by hontokami | 2019-02-15 20:49 | Comments(0)

O塾『豆』4号編集会議

   2月20日(水)午前10:30~12:00 午後1:30~4:00 4号の編集・校正

 ご都合のつく時間でお越しください。ご自分の作品を校正してほしいと思います。
 なおご都合のつかない方の作品はメール等で校正をお願いしますのでご連絡ください。

# by hontokami | 2019-02-15 19:28 | Comments(0)

書籍用紙の影

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# by hontokami | 2019-02-15 17:24 | Comments(1)

今日は蒲神明宮の神主さんが最近の著書『堪忍袋』と
神明宮の由来にちなんだ和菓子「袖繁の森」(巌邑堂謹製)をもって遊びに来てくれた。

「おたがいこれからだよ。悟ったこと言ってる場合じゃない。
おれはいま『日本書紀』をもう1回読み直している」

夜になって、同年齢の彼が言った言葉がしみじみと伝わってきたのだった。
「途中でくたばっても良いからさ、百里を目指そうよ」


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# by hontokami | 2019-02-14 20:33 | Comments(5)

思い出すことといったら些細な事ばかり