虚実の狭間で(追記)

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西部邁さんが亡くなった。現代のうそっぱちばかりのことばの洪水のなかから、どんなにちいさくてもいいから真実をとりだせ、と言い続けた同世代の思想家。
最近、すべてが虚しくなったともらしていた。
ぼくは仲間で作ったちいさな『豆』のことを思った。無名の『豆』のことを思った。
「神保町物語」を読んで叔母さんが泣いて喜んだという話しをそれを書いた瀬下さんから聞いた。
西部さん、「そういうことなんですよね」大切にするものというのは。
自分が書いた文をよろこんでくれるひとがいる。自分が作った料理をおいしいと言って食べてくれる人がいる。
予告もなく訪ねてくる友がいる、予告もなく会いにいく友がいる。
競争や比較などしない、努力しない、そういう些細な日常が日々ある。
現代のことばの洪水のなかには真実のひとかけらもないのだから
日々が虚しくならないためにも些細な日常を拾い上げていく。

西部さんの訃報を聞いてすぐに、ぼくは日夏耿之介の「咒文乃周囲」を読んだ。
ここに登場するおきなは西部さんそのものだと思った。

わたしにとってはいつも「蕃神のやうな黄老」であり ときに「風狂の老漢」を装いすまし  
わらはやみの詩翁  いつのまにか「幻人の道老」となり  「くぐつやみの羸老」として身を隠し 
お喋りな虚言者どもには「折伏の杖者」となり そして邪神のやうな黄老として世を去った。

あなたは「秋」のごとくさわやかに「幸福」に、「来し方」に帰ることができたのか。
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咒文乃周囲

 夢たをやかな密咒を誦すてふ                 (ゆめたをやかなみつじゅをじゅすてふ)
蕃神のやうな黄老が逝つた                   (かみのやうなおきながさった)
「秋」のことく「幸福」のことく「来し方」のことく       (「さはきり」のことく「さいはひ」のことく「こしかた」のことく

 冬空に咒文をふりまき                     (とうてんにじゅもんをふりまき)
風狂の老漢が逝んだ                       (ふうきょうのおきながいんだ)
燼のことく 流鶯のことく 秘仏のことく            (もえざしのことく りうあうのことく ひぶつのことく)

 侏儒楽を咒文に口寄せ                     (しゅじゅがくをじゅもんにくちよせ)
わらはやみの詩翁も逝んだ                    (わらはやみのおきなもいんだ)
魚のことく 御餐のことく 蘭燈のことく            (いろくづのことく みあへのことく ともしびのことく)

 蟲書をもて咒文を石記す                     (ちゅうしょをもてじゅもんをしるす)
幻人の道老は逝んだ                        (げんじんのおきなはいんだ)
肉のことく 茯苓のことく 擲梭のことく              (ししむらのことく ぶくりゃうのことく ひのことく)

 梟木に咒文を彫り刻みつ                    (けうぼくにじゅもんをゑりきざみつ)
美目なせる佚老も逝んだ                     (びもくなせるおきなもいんだ)
泥のことく 悲谷のことく 古酒のことく            (ひぢのことく ひこくのことく こしゅのことく)

 沙漏をもて咒文を撰ず                     (しゃろうをもてじゅもんをせんず)
展楽の頽人も逝んだ                       (てんがくのおきなもいんだ)
浪のことく 牡鹿のことく 権道のことく            (へなみのことく をじかのことく けんだうのことく)

 夢ほのぼのと咒文を誦すてふ                  (ゆめほのぼのとみつじゅをずすてふ)
浄巾の黄老は逝つた                       (じゃうきんのおきなはさった)
月のことく 燔肉のことく 密人のことく            (つきよみのことく ひもろぎのことく みいらのことく)

 没薬に咒文を嗅ぐてふ                     (もつやくにじゅもんをかぐてふ)
灰心の神人も逝んだ                       (くわいしんのおきなもいんだ)
煙のことく 色身のことく 魔媼のことく            (けぶりのことく しきしんのことく まあうのことく)

 天びょうを咒文にをろがむ                   (てんべうをじゅもんにをろがむ)
くぐつやみの羸老も逝んだ                    (くぐつやみのおきなもいんだ)
宵のことく 空漏日のことく 瘴癘のことく           (さよのことく くろびのことく しやうれいのことく)

 弦索をもて咒文を聴きわく                   (げんさくをもてじゅもんをききわく)
黄貂衣の幽人は逝んだ                      (くわうてんのおきなはいんだ)
雪のことく 流沙のことく 塵表のことく            (みゆきのことく りうさのことく ぢんべうのことく)

 蘭引を咒文にうけぶてふ                    (らんびきをじゅもんにうけぶうけぶてふ
折伏の杖者が逝んだ                       (しゃくぶくのおきながいんだ)
風のことく誣罔のことく 夸者のことく             (いぶきのことく ふまうのことく くわじゃのことく) 

 髏髑に咒文を現ず                      (ひとがしらにじゅもんをげんず)
玄黙の皓髪も逝んだ                       (げんもくのおきなもいんだ)
霧のことく ささがにのことく 誕妄のことく           (さぎりのことく ささがにのことく およづれのことく)

 あはれ 夢まぐはしき 密咒を誦すてふ             (あはれ ゆめまぐわしきみつじゅをじゅすてふ)
邪神のやうな黄老は逝つた                    (かみのやうなおきなはさつた)
「秋」のことく「幸福」のことく「来し方」のことく       (「さはきり」のことく「さいわひ」のことく「こしかた」のことく
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Commented by 小野 at 2018-02-12 08:58 x
よ~~~くわかりました。
日夏コーノスケ氏の詩も、そして西部さんの自死も。
よくわからないところもありますが、もう自分はこの世に未練はないから、
あとは自由にやってくれ。と言っているように思いました。
私も西部さんは好きでした。
日夏さんも好きになります。
Commented by hontokami at 2018-02-12 21:08
この詩のイメージがおぼろげに伝わってきました。
西部さんの発言の背後には言い残した思いがたくさんある。
それを思うと虚しくなります。
by hontokami | 2018-02-12 09:27 | Comments(2)