共有される思い出ー堀江敏幸『オールドレンズの神のもとで』

c0193528_20413699.jpg


70年も前の思い出「箱根細工の小箱」を『豆』3号に載せた。しかし書きながら、どこか長い時間を経てきたなかで事実と違うような気がしてならなかった。
挙げ句の果てにはこんな事はなかったのではないかと疑うようになった。
ほんとに電車に乗って1時間もかかるところまで5,6人の小学3年生が行けるのか、学校が許可しないだろうし、
同時代の誰かの思い出を自分の思い出のように勘違いして取り込んでしまったのではないか。
結局は箱根細工の小箱だけが事実として存在しているだけで、その日の出来事は曖昧な霧のなかに閉じ込められたままになっている。

 堀江敏幸さんの短編集『オールドレンズの神のもとで』に収録されている「柳生但馬守宗矩」を読んだ。
小学校時代の担任でお話が好きで授業をそっちのけでお話をする先生の話だ。
これを読んだとき、自分にもそんな先生がいたなと、古い記憶を呼び覚ましてくれた。
 思い出は共有されるのだと思った。共有されることによって人から人へと受け継がれていく。
個人の細部の記憶は共有された記憶で書き換えられるかも知れないけどそれは決して捏造された記憶ではないのだ。
共有された記憶に仲間入りしているのだ。
むしろ自分の記憶が、共有されたその時代の記憶に融け合っているからこそ、読者の共感がを得られるのだろうと思った。



Commented by ゲキト at 2018-07-19 22:50 x
 とても共感納得できる文章に出会った気がしました。
有り難うございます。
 さて、第3回湖西市の横山古民家取り壊しイベントには、フランスの
小学校の女の子たちがやってくるらしいです。何だかオモシロくなってきた。
Commented by hontokami at 2018-07-20 05:50
こういう共感をしみじみと味わうことができるのも
堀江さんの文章の特色ですね。
「人は単体で生きることはできない、つながりがあって生きているということを書いている」
どこかで言ってますが、まさに……と思います。
名前
URL
削除用パスワード
by hontokami | 2018-07-19 20:42 | Comments(2)