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帰郷

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周平さんの「帰郷」

木曽路の要にある木曽福島。
漆塗り職人だった宇之吉は26歳の時に出奔し、江戸や関東を渡り歩く渡世人になっていた。
年老いて、故郷に帰ろうと木曽路を下っていく。
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その日宇之吉を襲った悲哀が、とっくに投げ出した筈の人生に、
まだもう一度撫でさすってみたい部分が残っていたことに気付いたためだったことを、老いた渡世人は
その時まだ知らなかった。
辛い冬を過ごした春先、二度目に血を吐いて倒れた後で、宇之吉は木曽路に向かったのである。
                                  『又蔵の火』
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既にどこにも居場所はなかっった。
娘がいたことが分かったが、ともに暮らせることもできなかった。
宇之吉はほんの僅かな施しをして、ふたたび木曽を去る。
そのラストの情景である。
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微かなおくみの呼び声が聞こえた気がした。
宇之吉は初めて足を佇めて、振り返った、
細長い谷間だけが見え、もう屋並みは視界から失われていた。西側の傾斜を月の光に晒し、東側の山を闇に隠して、
谷間の底の宿場は静かに眠っているようだった。
 二度と帰ることのない夜の故郷をしばらく眺めた後、宇之吉は今度はゆっくりと歩き始めた。
道は上松宿に向かっていたが、それは地獄に向かっているようであった、
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この物語のどこにも救いはなかった。徹頭徹尾木曽の谷間の暗い闇の中でのうごめきであった。
だけどこの救いのなさが、ぎゃくにある種の安らぎを与えているような気持ちにもなった。
それがなぜかわからない。





by hontokami | 2018-12-28 13:09 | 藤沢周平 | Comments(1)

語りだし

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周平さんの「黒い縄」の書き出し。
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庭の奥で、木鋏の音がしている。
金属の、堅い乾いた音が、時おりおしののぼんやりした物思いを切り裂き、
そのたびにおしのは縫物の手をとめ、目が醒めたような顔で庭をみた。
整った顔立ちの中で、目がやや細めで、それがおしのの表情に、
僅かに愁いのようは翳をつけ加えている、眼を瞠って庭をみるとき、おしのの顔は
その愁いのいろが不意に消え、凄艶な感じになった。
                         (『暗殺の年輪』)
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この短篇を読み終わったときに
なんだか惜しいような気がして、もういちど書き出しに戻って読んだ。

材木商に嫁いで離縁して実家で形見の狭い思いをしておしのと、
その間の事情を知っている庭師、地兵衛の、それぞれの内にかかえている思いを風景に託して語っていることに気がついた。
読み進めていくうちに、地兵衛の持つ鋏がなぜ「金属の、乾いた音」をさせているのか、
その鋏の音を聴いているとおしの表情からなぜ「愁いのいろが消え不意に消え、凄艶な感じ」になるのかわかってくる。

この短篇のラストは
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おしのの、短い旅は終わっていた。
                     (『暗殺の年輪』)
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自分もやっとこの短篇から離れて、別のものがたりを読み始めた。
そしておしのの新しい旅をおいかける。



by hontokami | 2018-12-28 08:44 | 藤沢周平 | Comments(0)

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加藤一二三さん
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将棋名人戦の大盤解説ををみた。場所はお馴染み有楽町朝日新聞裏、解説がはじまると、道はまたたく間にいっぱいになった。
 解説は加藤一二三八段で、丁度一日目打ちかけになった盤面の解説と、これからどう変化するだろうなどということをなかなか要領よく聞かせる。
大山名人が、中原八段の四四にいる銀頭の歩に四五歩と突っかけたまま、三五歩と切り二四歩と切った場面である。
それからの先の変化は幾通りかあって、説明されてもあまりよく解らなかったわからないなりに面白いと思ったのは、
加藤一二三という人が、いかにもプロらしい断固とした言い方をしていたからだろう。
加藤八段が、八段になったのは二十前だったような気がする。いまも若い。
それでいて、下の道路で口をあんぐり開いて聞いているアマが、束になってもかなわない力を持っているということが、
その場の雰囲気で実によくわかって面白かった。
こういう決定的な強さというものが、プロのプロたる所以のものだろうと思う。
アマがすぐにとってかわり得るような強さは、本当のプロの強さとは言えないし、プロ面することもどうかと思う。
プロはアマと隔絶した強さを持っていてこそプロである。(昭和47年6月12日)
                                                    『甘味辛味』
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ぼくにとっては、加藤一二三さんと王貞治さんは、同年代として希望の星だ。一緒に歩いてきたという実感がある。
一二三さんの今の味わいは、とてもぼくには出せないな~と思う。プロ中のプロとしての余禄みたいなものがにじみ出ている。

by hontokami | 2018-01-19 05:20 | 藤沢周平 | Comments(0)

周平春秋9 えらい人

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えらい人
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私は性格にカタムチョなところがあり、また作家という商売柄、人間の美しさを追い求める反面、汚なさも見落とすまいとするので、
世間でえらいという人をも簡単には信用しない。時どきえらいな、と思う人に出合うことがある。
その人は、冷害の田んぼにたちつくす老いた農民だったり、子供のときから桶づくりひと筋に生きて来た老職人だったりする。
出合う場所は、テレビの場合もあり、新聞の記事の場合もある。
彼らは、格別自分や自分の仕事を誇ることもなく、選んだ仕事を大事にして、黙々と生きてきただけである。
だが、それだからといって、そういう生き方が決して容易であったわけでなく、六十年、七十年と生きる間には、山もあり、谷もあったはずである。
しかし彼らはその生き方を貫き、貫いたことで何かを得たのだ、と私は皺深い農民の顔を写した写真を、つくづくと眺めるのである。
 彼らはじつにいい顔をしているのだ。高名な踊りのお師匠さんとか、政治家などにありがちな構えがひとつもなく、
彼らはありのままの顔をさらしている。彼らは誇るべきほどのものを持たない。
それなのに、ありのままの顔がすばらしいのは、彼らの顔の背後に、ずしりと重い人生が重なって見えるからだろう。
 人生を肯定的に受け入れ、それと向き合って時に妥協し、時に真向から対決しながら、その厳しさをしのいで来たから、
こういういい顔が出来上がったのである。えらいということはこういうことで、
そういう人間こそ、人に尊敬される立場にあるのではないかと、私は思ったりする。
実際人が生きる上で肝要なのは、そういうことなのである。
                『周平独言

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僕の母方の祖父は、生涯、2回をのぞいて、信州の片田舎の村から外へ出たことがなかった。飯田の町にも行ったことがなかった。
1回は日露戦争に従軍して朝鮮半島に渡ったとき。森鷗外のように馬に乗った軍服姿の記念写真をみたことがある。
2回目は、秋葉講で秋葉神社に歩いて峠を越えて行ったとき。その足で浜松まで行き、自笑亭の弁当を喰った。

いまでも鮮明に覚えていることがある。僕がまだ、小学校のころだったか。夏台風が一晩中荒れ狂ったことがあった。
風雨が収まった翌朝、祖父は僕を連れて小高い丘まで田んぼの様子を見に行った。
一面に横倒しになった稲、その上を決壊された水路から濁流が流れ込んでいる。
祖父はその場にしゃがみ込んだ。濁流の怖さに震えていた僕を祖父が抱き寄せてくれた。
祖父の体が小刻みに動いていた。泣いていたのだ。
しばらくして立ち上がると、足もとの土塊をつかんで「ちくしょう!」と叫んで濁流に投げつけてた。
仁王のように立ち尽くしている祖父の姿がいまだに脳裏に焼きついてる。



by hontokami | 2018-01-18 06:36 | 藤沢周平 | Comments(2)

周平春秋8 パチンコ

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パチンコ
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私は人と会って酒を飲んだり、碁会所に行ったり、パチンコをしに行ったりする。だがしょっちゅう酒を飲んでいては仕事にならないし、
碁会所も半日がかりで、時間を喰う。そういうわけで時どきパチンコ屋に行く。
 私が出かける支度をしていると、家内が「ご出勤ですか」などという。出かける時刻が大体決まっていて、その上背広に着がえて、
財布、ハンカチ、タバコ、手帳、万年筆と小物を全部納め、腕時計をはめて靴まで履いていくので、そう言うのである。
 だがそうやって、昼日中から人相けわしいにいさんたちの間にはさまり、玉をはじいていると、いかにも遊民といった感じで、肩身が狭い思いをする。
俳人一茶が「又ことし娑婆塞ぞよ草の家」という句に「遊民々々とかしこき人に叱れても、今更せんすべなく」と詞書をつけたが、
私もせんすべもなく、パチンコ玉をはじくわけである。この格好ひとつとっても、人に尊敬される立場にある人間でないことは明白である。
勤め人から物を書く商売に変わって、私は少し堕落したという感じを持っているが、この感覚は多分正しいのだ。
                                                   『周平独言』
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一緒に退職した友人が、これからはなにか共通の趣味をもたなくてはいけないというので、では「パチンコにしよう」と提案した。
しばらく続けたけど、手に持った玉をいれて、手加減で操作するというような悠長な台ではなくて、コンピューターゲームのように
せわしない。疲れる。スピードについていけない。半年ほどで退却した。
友人はいまだに続けている。いちどパチンコ屋で「あっ!校長先生!」と教え子に大きな声呼びかけられて、
周囲のみんなにふり向かれたときはさすがに恥ずかしかったという。おかげでたいぶ顔見知りが増えて、一緒に昼食をとることもあるという。
今年の年賀状では「なにか趣味を見つけましたか?おかげさまでパチンコ友がたくさん出来ました」と添え書きがしてあった。
僕はパチンコを続けられなかった脱落者の気分になっている。


by hontokami | 2018-01-17 21:13 | 藤沢周平 | Comments(2)

周平春秋5 好きな道

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好きな道 ー川岸の道ー
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生まれた村のすぐそばを川が流れていて、橋を渡って川岸を右に行くと泳ぎ場があり、左に行くと広い川原の砂場があった。
その砂場も私たち子どもの遊び場のひとつだったが、夏の間はもっぱら泳ぎ場がにぎわい、砂場に行くことは稀だった。
 そこで砂場とそこに行く道は、夏の間は忘れられたようになり、砂場のまわりにも小道の上にも雑草がはびこった。
ことに砂場のまわりは丈高い草が密生し、その上を強靱な葛の蔓がはいまわって足の踏み場もなくなる。
そして草むらの奥には蛇や毒虫がいて、触れると皮膚がかぶれる灌木まであった。
 しかし夏が終わって水遊びができなくなると、私たちは今度は左手の小道を歩いて砂場に行った。
そういう日は、昼顔の蔓が横切っている道に斑猫が出て、心得顔に私たちの前に立って跳んだりした。
 私たちは砂場で遊び、その合間に草むらに入り込んで、野いちご野葡萄の実をさがした。
そのころになると草はやや枯れいろが目立ち、芒は穂をもち、葛は可憐な花をつけて、川原は全体に明るくなっている。
夏の間のまがまがしいほどの勢いは失せていた。
 そして季節がさらに移ると、川岸の道はめっきりさびしくなり、私たちの足もいつとはなくそのあたりから遠ざかるのだった。
好きな道と言われて心にうかんで来るのはその道ぐらいだが、川岸の道がいまもあるのかどうかはさだかでない。
                                                        『帰省』
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「私の好きな道」
そう問われて、思い浮かんでくるのは、子供の頃の通学路かな、私鉄沿線のコロッケ屋のある小道、学生時代の駅前の喫茶店のある道、
家の前の坂道かな。  
こんなタイトルで特集をくんだらオモシロイかも知れない。ぼくはもう『豆』春号のことを考えている。




by hontokami | 2018-01-13 16:04 | 藤沢周平 | Comments(0)

周平春秋6 夫婦げんか

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夫婦喧嘩
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そういうわけだから、夫婦喧嘩をしても折れるということが出来ない。そこで困るのは食事である。
家内が自分の部屋に閉じこもって、パンなどたべている。やむを得ず自分で飯を炊く。
しかしおかずをつくる才覚まではなくて、漬け物バリバリ、お茶漬けサラサラぐらいで過ごし、
それもなくなるとご飯に生ミソをつけてたべる。
 そのころには、もう非が自分にあることは十分にわかっているのだが、
なにしろ妻に詫びるという項目が私の辞書にはない。
生ミソをつけた飯をかっこみながら、まだエッヘンなどとあたりをにらみ回している。
店屋ものとかカップヌードルとかにも頭がいかず、あくまで米の飯に執着するのも昭和ヒトケタ風。
 やがて、いつまでもバカ亭主のお遊びの相手もしていられないという感じで、家内が台所に立つ。
あさましいことに二階で仕事をしながら、その気配がわかるんですね。
正直ほっとして、そういうときだけは、どうやらこちらも養われてらしいと気づくのである。
さいわいなことに、家内も昭和ヒトケタ女である。亭主に詫びごとが出来るとは思っていない。
もし私が詫びを言ったりしたら、つぎの瞬間、双方がテレにテレて収拾がつかなくなるだろう。
                                          『帰省』
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その通りなので、付け加えることなどひとこともない。
不思議なのは、なぜいつも妻の言い分の方が正しくて、自分の方が間違っているんだろうか。
いつも正しくて、疲れないんだろうか? というとまた逆鱗に触れるのでここだけのはなし。




by hontokami | 2018-01-12 12:19 | 藤沢周平 | Comments(2)

周平春秋3 冬の雨

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「冬の雨」
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いつ降り出したのか、雨の音がしている。強い雨ではなかったが、切れ目なく家を包み込むような、
静かな音だった。
………
家の中はしんとして、人は眠りの中に沈み込んでいるようだった。雨は小降りになって、
中庭の闇に囁くような音を立てているだけである。
茶の間から廊下に、行燈の灯がこぼれている。
碓氷屋の屋根の下で、そこだけが目覚めているようだった。
 その光もとどかない闇の一点を市兵衛は見つめている。
                                     『冬の雨』
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冬の小降りの雨はとくに寒さを感じさせる。
市兵衛は静かに酒を呑んで暖をとる。
呑めない私は、ワンタンで暖をとり、周平さんの冬の小説を読む。

by hontokami | 2018-01-09 19:55 | 藤沢周平 | Comments(0)

常態であるやうな人びとの暮らしが、遠い江戸の市井にあつた」と桶谷秀昭さんが言う。(「人間哀歓をの風景を描いた作家」)
 でもさあ、彼の市井小説に登場する人びとだって、その日その日のささやかなあてはあった。十三夜の夕餉どき、なかなか帰ってこない夫を待っている妻。なにかあったんじゃないのか、どこかの女と歩いているのを見かけたという隣のおかみさんの告げ口などが頭の中に膨らんでいく。待ちくたびれたころ、夫はすすきの束を抱えて帰ってくる。
「ただいま」の声に、それまでの妄想が一挙に解消していく。「どこをほっつき歩いていたんだよ」「ごめん、仕事が伸びてしまってよ。それに帰りがけに今日は十三夜だと気がついてさ、土手のすすきを集めていたら、こんなに遅くなっちまった」妻は夫の胸に飛び込んで泣いた。
 日常というのは、「おはよう」 「いってらっしゃい」 「ただいま」 「おやすみ」の連続なんだろうと思う。自分の「あて」はそんな日常の中にしかないけど、それはとても大切なものなんだということを藤沢周平さんの小説を読むと思い知らされる。些細な事がとても愛おしいのだ。 
きっと、日常から離れてあてのある仕事に我を忘れているとき、ふと気がつくのはそうした些細な日常にちがいない。藤沢周平が、こうしたささやかな日常を丹念に描いたのは、きっと「人生であるとき絶望的に躓き、回復不能な」体験があったからだと桶谷秀昭は言う。周平さんの市井小説は「とりかえしのつかない過去への愛情から生まれた」。



by hontokami | 2018-01-09 14:17 | 藤沢周平 | Comments(0)

今年は藤沢周平の年になりそう。

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喫茶店の光景
藤沢周平さんの奥さんが郵便局へいくという。「オレもいく」といって一緒に家を出た。
奥さんが用事を済ませたところで、藤沢さんが「コーヒーをごちそうするよ」と言った。
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家内はさほどうれしそうな顔はしなかった。家内はわたしほどコーヒーが好きではなく、また私と一緒に喫茶店に行くと、

結局は飲み物を注文したりお金を払ったり、私がぼんやりしていれは砂糖まで入れなければならない。

要するに雑用係にされるのが眼に見えているので、コーヒーをごちそうする式の偽善的な言い回しにはもうあきあきしているという顔をするのである。
おたがいの見あきた初老の夫婦が喫茶店で顔をつき合わせたところであまり話すこともない。・・・むっつりとお茶を飲むだけである。
                                   「郵便局の角で」 (『小説の周辺』)
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老夫婦が喫茶店の片隅で、話もしないで静かにコーヒーを飲んでいる図は、他人からみれば「いい光景」かもしれない。

これを読んで思いだすことがある。

いつだったか、買い物で疲れたので、喫茶店で一休みした。やはり面と向かって話すことはない。

私は新聞を読む。カミさんは壁の絵を見つめている。

出てきた珈琲を飲み終わった頃、お互いに口から出た言葉は

「家に帰ってお茶でも飲みましょうか」「そうしよう」であった。



by hontokami | 2018-01-09 08:41 | 藤沢周平 | Comments(0)

思い出すことといったら些細な事ばかり